多声音楽の起源をさぐる その3(セクエンツィアとオルガヌム)

単旋律から複旋律へ

 
西洋音楽で はじめて多声音楽の萌芽が生まれたのは、8世紀ごろと言われている。
 
グレゴリオ聖歌の成立は8世紀ごろだが、それと時を同じくして8世紀ごろのスイスの修道院で、複旋律(ポリフォニー) が生まれた。
 
つまり グレゴリオ聖歌の成立と並行する形でポリフォニーが生まれた のであった。
 
 

猫ちゃん

※ここから急に難しくなりますが、興味のある方のみ頑張って読んでください※

 

 

西洋音楽ポリフォニーの始まりとは、その最も神聖な聖歌であるグレゴリオ聖歌 注釈や装飾を加える ことであった。
 
この注釈・装飾の方法には大きく分けて2つあり、1つが ①トロープス および セクエンツィア と呼ばれるもの、もう1つが オルガヌム と呼ばれるものである。
 
以下 それぞれの説明。
 
 

①トロープス と セクエンツィア

 

トロープスとは、聖歌に新たな旋律・歌詞を付け加える形でグレゴリオ聖歌を装飾する手法のことで、ミサ曲のキリエ等の歌詞に平行または挿入して付加された補足説明的な歌詞を持つ部分を言う。
8世紀ごろから始まったとされる。
 
セクエンツィア(続唱)は、聖歌の種類のひとつであり トロープスの発展したものとされていたが、近年の研究ではそうとも言えないらしい。
9世紀後半から始まったとされる。
 
いずれもスイスの ザンクト・ガレン修道院 が発祥とされている。
 

トロープスおよびセクエンツィアは 多声音楽への実験場的な役割を果たしたとされるが、私のような聖歌の基礎知識のない者には ちょっと聴いたところで いったいどの部分がトロープスで、どの曲がセクエンツィアなのか全くわからない。
 
 
 
スイスの ザンクト・ガレン修道院のベネディクト会修道士で、名前が残されている最古のセクエンツィアの作者でもある ノトカー ( Notker Balbulus) の楽曲をこちらで聴くことができる。

セクエンツィアは1:49~、トロープスは6:50~ あたりから。
 
 
 
 
ちなみに この動画タイトルは「Ordo Virtutum - Notker Balbulus  (オルド・ヴィルトゥトゥム / ノトカー) 」だが、中世作曲家のヒルデガルトのアルバムに同名の作品「Ordo Virtutum」がある。
 
が、これは「それとはまったく関係なくて、この "Ordo Virtutum" はアーティスト名である。
 
古楽アンサンブルグループ、「アンサンブル・オルド・ヴィルトゥトゥム」が演奏する「ノトカー (Balbulus Notker) の曲」なのである。
まったくまぎらわしいことこの上ない。
 
 
これは余談だが、セクエンツィアなる聖歌を聴いてみようと思い Youtubeで「Sequentia」と検索すると、聖歌のセクエンツィアではなく同名のアンサンブルグループ「Sequentia」の作品がしこたま出てきてしまう。
私はその違いがわからなくて、最初めちゃくちゃ混乱した。
 
他にも「アンサンブル・オルガヌム」などもあり、どうも中世古楽グループにはそういった中世古楽の関連用語からグループ名を命名するみたいなムーブメントがあるらしく、私のような素人にとっては大変ややこしい。
 
 
という、私にとっては悪夢のような日々を思い出させる作品。
これらのアルバムその他のおかげで、私は真実にたどり着くまでのあいだ大変な時間と労力を要した。
※内容は素晴らしいアルバムです
 
 
 

オルガヌム

 

オルガヌムとは、ハーモニーを高めるために 少なくとも1つ以上の声を加えた グレゴリオ聖歌の旋律のこと。
トロープスが、グレゴリオ聖歌に歌詞を挿入する形で注釈を行ったのに対し、オルガヌムは歌詞を異なる音程で和声として重ね合わせることにより グレゴリオ聖歌の装飾を行った。
西洋音楽におけるポリフォニーの原点である。
 
現存するオルガヌムに関する最古の記録は、私の読んだ本 によると 以下である。
 

ムジカ・エンキリアーディス

ムジカ・エンキリアディス

「ムジカ・エンキリアディス -Musica enchiriadis-(音楽の手引き)」
 
9世紀末に西フランク王国(現フランス)で書かれた音楽理論書。作者不詳。
850年ころ著されたとされる この理論書は、多声音楽の譜例が示されている最古の文献である。
この書では、オルガヌムの本来の概念は現代の意味におけるポリフォニーのようなものではなく、あくまでも主旋律の強化を目的としたものであるとされた。(https://www.youtube.com/watch?v=GCq1jXg9CRU
 
 

オルガヌム

 
オルガヌムには「並行オルガヌム」と「斜行オルガヌム」がある。
 
上画像の楽譜をご覧いただければわかるように、並行は文字通り平行し、斜行はいわゆるドローンだ。

初期のオルガヌムは、第一声が主旋律を、第二声がその完全4度または完全5度上を歌う。 (ただし曲の開始と終了部はユニゾンとなる。)

また、オルガヌムは元来 即興的に歌われるものであり、初期の記譜では 第一声の旋律のみが記譜され、第二声は耳で聞いて合わせることが常であった。
 
 
 
2.34 Organum (Musica Enchiriadis)
 
最初の理論書上では、このように単純なものでしかなかったオルガヌムだが、次第に複雑な展開が試みられるようになり、10世紀から12世紀にかけては新しいオルガヌムも登場した。
 
 
 
Campus Stellae - Discantus
 
こちらの女性アンサンブル「ディスカントゥス」の動画では、12世紀ごろの写本から 当時 実際に演奏に用いられた数十の美しいオルガヌムを聴くことができる。
 
 
 

まとめ

 

ここまででわかった事を年代順にまとめてみる。

 

A.C.~7世紀以前: ヨーロッパ各地で地域性を持った聖歌が歌われていた(単旋律)

8世紀ごろ   : グレゴリオ聖歌に統合され発展。かわりに各地の聖歌が駆逐される
同8世紀ごろ  : グレゴリオ聖歌に補足説明的な歌詞を持つ部分(トロープス)が付けられるようになる

9世紀ごろ   : スイスのザンクト・ガレン修道院で和声が発展し始める(セクエンティア
同9世紀ごろ  : 現代のフランス付近で和声(オルガヌム)について書かれた最古の音楽理論書が刊行される
 
 


単旋律であるグレゴリオ聖歌の最古の楽譜と、ポリフォニーの原点となるオルガヌムについて書かれた書が、どちらも同じ9世紀であることは興味深い。
逆に言うと、それ以前のことはほとんどわかっていない という事である。


こうして、最初はささやかな規模で行われたこれらの聖歌への注釈や装飾が、後の西洋音楽の巨大な発展へと繋がっていく。
そして それはその後、フランスの教会音楽を中心に発展してゆくのであった…。

 

 

今回の記事では中世9世紀~8世紀を調べた。
次回は8世紀 以前の西洋音楽について調べていこうと思う。
 
 
次回の記事はこちら ↓

hissorisekai.hatenablog.com

 
参考にさせていただいたHP/ブログ
 
誠にありがとうございました。
 
 

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